composer 作曲家

6月4日 井上郷子 ミュージックドキュメンツ#23

今日、両国天門ホールでピアニスト井上郷子氏がミュージックドキュメンツ#23という演奏会を開催しました。プログラムはすごく面白そうなものでした。わたしの知らない作曲家の曲もありましたが、特に私が聴いて楽しかった作品は、リンダ・カトリン・スミス氏の「ノクターン」(1995年)でした。スミス氏はカナダのウィルフレッド・ローリエ大学でわたしの一番最初の作曲の先生だったから、というのも一つの理由でしょう。カナダの自宅にあるピアノ脇の本棚には彼女の「ノクターン」復刻版が置いてあります。大学時代、この曲をよく練習したものです。わたしに重要な影響を与えた作品と言っていいと思います。高校〜大学のはじめ、多分誰にも信じられないことでしょうが、わたしはミニマリズム主義者だったのです!井上氏の演奏会プログラムを見るとすぐ、スミス氏の曲が演奏されるのに気付きました。数年間、聴くことはおろか弾きもしなかった作品ですが、演奏されるというので絶対この演奏会を聴きに行こうと思った次第です。
前半の三つの作品は鎮魂曲でした。最初に演奏された曲は1992年生まれ、在スイスのエストニア人作曲家アシア・アフメチャノヴャ氏が、亡くなった師に捧げるために作った「AJへのオマージュ」という作品でした。前半の最後は1982年生まれのタイ人作曲家シラセート・パントゥラアンポーン氏が作曲した「鐘(ジャック・ボディ賛)」。これもタイトル通り作曲家のジャック・ボディ氏に捧げた作品です。わたしにとって、その若い作曲家の作品は少し物足りなく感じました。アフメチャノヴャ氏のは音階的で重く、ウストヴォーリスカヤ氏のような深遠な雰囲気を作りたかったのかも知れませんが、音楽的題材の深さが足りないと思いました。パントゥラアンポーン氏の作品には鐘の倍音、鐘のような弾き方のテーマが入っていました。これもシンプルにすぎると考えましまが、曲の中間でリズムはもっと複雑になればさらに面白くなったかもしれません。
尊敬する人に捧げたそれら二つの作品の間に田中聰氏「地には地のものを」の世界初演を聴きました。そのタイトルはアルセーニイ・タルコフスキー詩人(タルコフスキー監督の父親)の詩からとったものだそうで、作曲家とお話しした限りでの理解ですが、これは聖書の言葉からの引用で、人は地より生じ、死ねばまたただちに地に還るという含意があるようです。非常にシンプルなプロセス音楽の作品でしたが、ものすごく神秘的な雰囲気が表れていました。見かけとこれほど違ったシンプルな曲というのは弾きにくいものです。井上氏は印象的に田中氏の作品を演奏しました。
休憩後、最初の作品はこの日のプログラム中、一番遊戯的な曲でした。中野和雄氏による新作「Trivial Trigger Makes…#1」を世界初演しました。この曲でピアノは、和紙や布、竹ひごを用いて調整されました(プリペアドピアノ)。最初の部分は鍵盤の中央(普通)で簡単な和音、簡単なリズムで執拗な繰り返しがあり、プリペアドピアノの音は新鮮で楽しい。数分後、突如最低音部の大きい音でそれが途切れます。そこからはだんだんもっと複雑な進行です。とはいえプリペアドピアノの音ですから、どれ難しく複雑になっても楽しく遊んでいる感じは少し残っています。最後の部分は高音部の半音階的な旋律でした。構造も音も、聴いていて楽しい作品でした。
次はピーター・ハンセン氏の「見つかったもの」。9音のコードを分散和音で何回か繰り返し、それが少しずつ変わっていきます。その和音には豊麗な響きがありました。バッハの前奏曲を思い起こさせる、素晴らしい曲だと思いました。
最後はリンダ・カトリン・スミス氏の「ノクターン」。作品構造はかなり長い高音部で4つくらいのモチーフが提示され、新しい方法でそれらが組み合わされていきます。同じモチーフが多用されていますが、予測不能なモチーフを重なりがあり。全曲を通じて低いテンションが持続されます。本当に素敵な作品です。その意見は私のスミス氏に対する懐かしさだけではないと思うのです。
演奏会は17時に始まって、スミス氏の作品で18時35分に終わりました。上品なタイミングだと思います。週末のたそがれ前に、こんな演奏会がもっと増えてもいいんでしょうね。