composer 作曲家

トンヨン市の国際現代音楽協会フェスティバル⑤

今日のミーティングの後で、現代音楽の専門家でない人と、作曲家一人、そしてプロデューサー一人と短い対談をしました。プライベートな会話だから、参加者の名前を書かきません。でも、本当に大事な話題について話していたので、こちらのブログに内容は書きたいと思います。
その話題は一般の人々にとって、なぜ現代音楽は聴くべきなのか? 一般の人は、ベートーベンとかワグナーとかの作品と同じようには現代音楽を楽しめないと言います。旋律があんまりないですしね。リズムとか、和音とか、古典音楽の要素がないか、全く違ったものです。そう言い続けてもらっても大丈夫なのですが。古典音楽を聴く理由は分かりますが、同じ理由は現代音楽を聴くことにおいては当てはまらないでしょう。ではなぜ現代音楽を聴くべきなのか?
パッションがあり、古典音楽が大好きで、かつ現代音楽を理解したいという人がいます。その人がなぜ現代音楽を聴くべきなのか、古来から問われている問いですが、なかなか答えにくいものです。ただし、それに答えられなければ、新しく現代音楽を聴く人(聴衆)を惹きつけられないと思います。わたしはようまく答えられなかったのですが。
対談の参加者の作曲家は自分の立場で次のように答えました。彼女は自分の感情と体験とを表現して人前で発表したいのだそうです。聴衆は同時代を生きるアーティストとコミュニケーションをしたがっている。他の次元と経験に晒されたいのだ。だから答えは、現代のコミュニケーションということになるでしょう。
プロデューサーも答えました。プロデューサーとして、もちろんその質問がよくなされるそうです。現代音楽は冒険みたいなものです。冒険がそうであるように、必ずしもそれは好ましいものではない。しかし、新しい経験が発見できるし、難しいものにチャレンジできる。現代音楽の幅広い領域をその態度で探索していけば、いずれは現代音楽に慣れることができ、自分の好きなものも見つけらるでしょう。
色々な答えの可能性があるでしょうが、演奏会か音楽祭を開催するまえに、まず考えなければならないのは聴衆のことであって、そうしなければ音楽の専門家以外、誰も来ないでしょう。